AI医療診断の「保険の壁」:なぜ技術があっても使われないのか

2025/07/31

AI 医療 診療報酬 難易度★2 保険制度

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AI医療診断の「保険の壁」:なぜ技術があっても使われないのか

★★☆☆☆ 難易度:理解して使う(1200-2000字、読了時間5-7分)

「AI医療診断が実用化」「万博でAI医療を体験」といったニュースを目にする機会が増えています。技術的には確実に進歩しているAI医療ですが、実際の医療現場ではどれくらい普及しているのでしょうか。意外な「壁」が存在することをご存知ですか。

AI医療の現在地:数字で見る実態

医師の4人に1人がAI活用、でも…

2025年6月の調査によると、診療中にAIを活用している医師は24.8%。つまり4人に1人という状況です。この数字をどう見るかは分かれるところですが、「AI医療が普及している」と言えるレベルでしょうか。

一方で、66.7%の医師が「将来AI診断が医師を上回る」と考えているという調査結果もあります。技術への期待は高いものの、現実の普及率はまだ限定的というのが実情です。

薬事承認は進んでいるのに

AI医療機器の薬事承認は確実に進んでいます。2020年に初めて承認されて以降、放射線画像診断や内視鏡検査を中心に承認製品数は増加傾向。参入企業も増え、対象疾患も拡大しています。

技術的には「使える」状態になっているAI医療機器が増えているのに、なぜ普及が進まないのでしょうか。

「保険収載」という見えない壁

技術承認と保険適用は別物

AI医療普及の最大の障壁は、実は「保険収載」問題です。薬事承認を得たAI医療機器でも、保険適用されなければ医療機関にとって「純粋な持ち出し」となってしまいます。

具体的な状況を見てみましょう:

保険適用されているAI医療機器

  • アイリス社の「nodoca」(インフルエンザ診断、305点)
  • 病変検出支援プログラム(手術時の加算、60点)

保険適用されていないAI医療機器

  • 多数のAI画像診断支援システム
  • AI病理診断支援システム
  • その他多くのAI医療機器

つまり、承認されているAI医療機器の大部分が保険適用外というのが現実です。

「日本初」が示す厳しい現実

2024年6月、アイリス社のnodocaが「AIを用いた医療機器検査が正式な技術区分で保険収載された日本初の事例」として話題になりました。

この「日本初」という表現が示すのは、裏を返せば「これまで正式に保険収載されたAI医療機器がほとんどなかった」という事実。AI医療機器の承認は2020年から始まっているのに、5年近く経ってようやく「初」の保険収載です。

なぜ保険適用が進まないのか

医療保険制度の構造的問題

日本の医療保険制度は「人的労働」を前提とした診療報酬体系で設計されています。医師や技師の技術や時間に対して報酬を支払う仕組みで、AI支援による効率化をどう評価するかの基準が不明確です。

従来の考え方

  • 医師の診断時間 × 難易度 = 診療報酬

AI時代の課題

  • AI支援で診断時間短縮 → 報酬は?
  • 診断精度向上 → 追加価値の評価は?
  • 医師の負担軽減 → どう金銭的に評価?

保険財政への配慮

もう一つの要因は、厳しい保険財政です。新しい技術に保険適用すれば、当然ながら医療費は増加します。高齢化で医療費が膨らむ中、新技術への保険適用には慎重な姿勢を取らざるを得ないのが実情です。

2024年度診療報酬改定では、全体で-0.12%と6回連続の実質マイナス改定。このような状況では、AI医療機器への保険適用拡大は期待しにくいのが現実です。

医療現場のジレンマ

「良い技術」だけでは導入できない

多くの医療機関が直面しているのが、「技術的には有用だが、経済的に導入困難」というジレンマです。

AI導入の実際のコスト

  • 機器購入費用:数百万円〜数千万円
  • 運用・保守費用:年間数十万円〜数百万円
  • スタッフ教育費用:時間とコスト

保険適用外の場合

  • 診療報酬での回収:見込めない
  • 患者への追加請求:現実的でない
  • 病院の持ち出し:継続困難

結果として、「良い技術だとわかっているが導入できない」という状況が生まれています。

大病院と中小病院の格差拡大

保険適用されないAI医療機器は、資金力のある大病院でのみ導入が進む傾向があります。これにより、医療の地域格差や施設格差がさらに拡大する可能性があります。

本来、AI技術は医師不足の地方病院でこそ威力を発揮するはずですが、現実は逆の方向に向かっているのです。

今後の展望と変化の兆し

段階的な保険適用拡大

厚生労働省も課題を認識しており、段階的な改善が進んでいます:

  • 2022年度:AIを診療報酬で初めて評価
  • 2024年度:病変検出支援プログラム加算新設
  • 将来:より包括的なAI評価体系の検討

ただし、大幅な制度変更には時間がかかるのが現実です。

民間保険や健康経営での活用

公的保険の制約を回避する動きも出ています:

  • 企業の健康診断:予防医療としてのAI活用
  • 人間ドック:自費診療でのAI診断サービス
  • 民間保険:AI診断結果に基づく保険料設定

これらの分野では、保険制度の制約なくAI医療技術の活用が進む可能性があります。

まとめ:技術と制度のタイムラグ

AI医療診断技術は確実に進歩していますが、社会制度がそれに追いついていないのが現状です。「技術があるのに使われない」という状況は、日本の医療制度の課題を浮き彫りにしています。

AI医療の真の普及には、技術開発と並行して、保険制度や診療報酬体系の抜本的見直しが必要。それまでは、限定的な普及にとどまる可能性が高いでしょう。

万博でのAI医療体験も、あくまで「将来の可能性」を示すもの。実際の医療現場での普及には、もう少し時間がかかりそうです。


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